最初の日は私はわざわざ下町で買い求めて来た正三角形の皮製蟇口を犠牲にすることにしました。この蟇口を細田氏の歩む道路上に捨てて置いて拾わせようという考えです。私は其の日予定の時間に三角形の蟇口を懐中に忍ばせて細田氏の邸の方へ出向きました。細田氏の宏壮な構の前には広い空地があって其の中を一本の奇麗な道が三十間程続いてその向うに小ぢんまりとした借家が両側に立ち並んでいました。駅へ出るには、細田氏はどうしてもこの道を歩かねばなりません。  神経質な細田氏が病院へ出かける時間は大体午前九時三十分に決っていて、必ず其の時間には紋切型に氏の長身が太い御影石の門に現われるのでした。私は細田氏に拾われることを信じ乍らも万一他の御用聞きなぞに拾われることをも覚悟の中に入れて定刻二分前に門前十歩ほどの路上に其の三角形蟇口を落しておきました。そして直ぐさま身を飜えすようにして門前につづく広い空地の片隅に佇んで細田氏の姿の現われるのを今や遅しと待っていました。 税理士 宝塚 | 税理士 伊丹宝塚:愛知県小牧市の税理士によるブログ 「税理士たちのひとりごと」